更新日:2008.1.16
「子どもの頃に、一番大切なことは何?」 (後編)
我が家は女房の由子、長男の哲朗、次男の龍二、そして僕の四人家族。
僕はいつの頃からか自分の家族のことを“春山探検隊”と呼ぶようになった。
ときには激流に流されそうになったり、ときに大雨に遭ったりしながらも、
時間という空間をともに旅するかけがえのない仲間、それが僕にとっての家族。
とりわけ人生というアドベンチャーゲームに「難病」という試練が組み込まれている僕にとっては、
家庭とは子育ての場というよりも、ともに四人で育ち合った時間、
ともに四人で色々なことを克服してきた時間。
だから“春山探検隊”なのだ。
親父として抱きしめてやることも、肩車をしてやることもできない僕だが、
だからこそ「家族の旅」を大切にしてきた。
春夏冬と全国各地を訪ね、風景の中で僕の存在感を見せてきた。
次々とこの体から機能が奪い取られながらも、その端から新たな解決策を見つけ、
そしてビジネスに夢中になっている親父の生き様を見せてきた。
息子たちは、もう“春山探検隊”という言葉を照れて使わなくなった。巣立ちの準備である。
長男の哲朗はハワイの大学へと飛び立った。
「自分で見つけた道だから、父さん頑張るよ」と宣言したが、
僕は「いつでも大学を辞めて帰ってきてもいいよ」とニヤッと答えた。
「ただし、その後は一切の援助は打ち切るので自立しろよ」と脅しの言葉を付け加えて!
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