更新日:2007.5.23
第一章 僕がみた世界のGoodTime 其の三
■ アダーズのお話
僕がオーストラリアで最初に訪れたのはタスマニア州にあるアダーズ・ナーシングホームでした。ここは重度の認知症の方のための公立の施設で、アルツハイマーの研究では世界でもトップクラスだと言われています。
この施設の特徴のひとつは「自由にドアが開けられる」ということです。そうしないと、認知症の方は閉じ込められたと感じて、ドアを叩いたり暴力をふるったりとパニック状態になるからです。建物には数々の面白い工夫が凝らされていました。
たとえば、建物の出入り口はスタッフだけがわかるようにカモフラージュされ、認知症の方には「壁」にしか見えないようになっています。お年寄りが自分で見つけられるドアは全て建物の中へ通じていて、彼らはそのドアを押して回廊をぐるぐる回れるようになっています。
そして僕がとくに感心したのは匂いでした。施設内を案内してもらっている最中、ぼくはとてもいい家庭的な匂いに気がついたのです。それはおいしそうな食事の匂いでした。
「食事の匂いは認知症のお年寄りにとって大切なケアのひとつなんです。」と案内役の施設長が説明してくれました。朝はコーヒーの香ばしい匂い、昼はクッキーを焼く温かな甘い匂い、夕方は食欲をそそるミートパイの匂い、という具合です。匂いによって朝昼晩の生活のリズムを感じさせ、お年寄りをキッチンや食堂に誘導しているのです。
人間というものを深いところで知ったシステム。ぼくはこのアダーズ・ナーシングホームのあり方にとても大きなヒントを得たような気がしました。
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