更新日:2011.5.27
第二章 無保険の国『 アメリカ 』 其の三
■ 民間保険がほとんどの医療をカバーするアメリカ 下
3年ほど前、車でロスアンジェルスからナッシュビルヘ向かう途中、黒人のドライバーにアメリカの保険に関する話をきいたことがあります。
その車は訪問先の大手ヘルス・ケア・グループの会長が回してくれた社用車で、彼はその会社に雇用されている運転手でした。
当時アメリカはまだネットバブルが弾ける前で、好景気の真っ只中。ロスの空港もいつになくきれいで、浮浪者の姿も目につきませんでした。
アメリカは本当に景気がいいんだなあと痛感していると、この運転手が「アメリカはいま本当に景気がいいんですよ」と話してくれました。
「あなたのところはどう?」と訊くと、「もちろんウチも景気はいいですよ。自分はちょうど2年前にこの会社に移って来たところなんです」
と丁寧な口調で答えてくれます。そして彼はこう続けました。
「今度の会社に移って、待遇もよくなったけれど、私よりじつは女房が喜んでいるんです」
それは給料がよくなったから?と訊ねると、「いや給料はそんなに変わりません。ただ今度の会社の保険は歯科治療が受けられる。やっとこれで
子どもたちを歯医者にやれると喜んでいるのです。女房には前から『歯医者にかかれる保険がある会社に転職してくれ』といわれてたんですよ」
と答えてくれました。なるほどと思いました。
また別のとき、アトランタで知り合ったIBMのある研究員は、「じつはいま大きなベンチャーキャピタルからヘッドハンティングの話がきているんだ」
と打ち明けながら、次のような話をしてくれました。
「自分は新しい会社に行こうと思っている。年収が1.5倍になるからね。ところが女房が大反対しているんだ。
そこの保険がいまのIBMよりレベルが低い。だから医療が不安だと女房が大反対しているんだよ」
日本ではこんな会話、聞いたことがありません。よくも悪くもこれがアメリカの実態です。就職先の選択までが保険の内容で左右される。
一見不便そうに見えますが、その背景には、老いと介護と医療はすべて自己責任でカバーする、保険は自らの責任で選ぶのだという強い意志が見えます。
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