更新日:2013.12.18
第六章 ヨーロッパの光と影 其の二十四
X 匂いのあるナーシングホーム
■ 来ないバスを待つ 上
「ここは介護というもの、痴呆というものを非常によく知っているところだなあ」という印象をさらに深めたのは、次のような光景を見たときでした。
ぼくがアダーズ・ナーシングホームを訪れた日は、夕方になって雨が降ってきました。そこで案内役の施設長が「室内でコーヒーでもどうですか」と誘ってくれました。庭に出ていたお年寄りも、スタッフにうながされて次々と室内に戻ります。そのとき一人のお年寄りが、例の「バス停」に坐っているのに気がつきました。彼はもう2時間も3時間もじっと坐っているのです。いったいここのスタッフはどうやって彼を室内に呼び戻すのだろうと思い、興味深く見ていました。
日本だったら有無をいわさず、「さあもう中に入りましょう」といって連れて行くはずです。ところがここの流儀は違いました。施設長みずからバス停に近づいていったかと思うと、まずそのお年寄りの横に座ります。しばらくじっと坐っていたあと、ちょっと話しかけ、やがて肩に手をかけて、何か耳元でゴソゴソいっているのです。
あとで何をいっているのかと訊いたら、「家族の話をしていたんです」と施設長は答えてくれました。「きょうはずっと待っていたけれど、バスは来ませんでしたね。明日また待ちましょう」。そう施設長がいうと、お年寄りはうなずいてベンチから腰をあげたのです。日本であれば、必ずここで「抑制」に入ります。そしておそらく「自我の閉塞」が起きてしまったはずです。
(次回につづく)
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