更新日:2014.4.16
第六章 ヨーロッパの光と影 其の二十八
Y テーマパーク型施設の実験
■ 身体のケアというより心のケア
このカランビン・ナーシングホームも、前述のアダーズ・ナーシングホームと同様に、建物としても非常に優れているものでした。ロバートさんという建築家は、いまアメリカでも非常に注目されているらしいのですが、彼が設計したこのカランビン、要するに建物のなかに建物があるという、入れ子構造になった非常にユニークなものなのです。
大きな倉庫のようなナーシングホームのなかに、わざといまから50年前の材木を集めた古い掘っ建て小屋を作っている。もちろん表面上は古い掘っ建て小屋ですが、その中身は最新のシステムが整備された近代的なナーシングホームの部屋になっています。たとえ老いて痴呆が進んでも、自分たちの生活文化や長年つちかってきた価値観に合ったコミュニティで暮らしていけるように、その場所を人工的に作り上げて提供しているのです。
もうこれは身体のケアというより、心のケアをするというサービスを、建物ごとやっているようなものです。こういう壮大な実験がオーストラリアでは行われているのです。
タスマニアでぼくが見た2つの施設は、人が暮らす最後の空間として、とても考え抜かれたものでした。運営者側の視点ではなく、限りなく利用者側に立った人間的な視点が大切にされていることに、少なからず感動を覚えました。
ただしこのカランビンにしろアダーズにしろ、問題はあります。どういう問題か?
アダーズの場合、元気な痴呆老人のうちはいいのですが、寝たきりになったり車椅子を使うようになると、出て行かなくてはならないのです。カランビンの場合も、問題行動を起こさないうちはいいのですが、そうした行動が出るような痴呆老人になってしまうと、やはり出ていかなくてはならないのです。
つまりオーストラリアでも、老いや痴呆というものに対して、あるところで厳しい線引きがきちっと存在している。その感覚はひしひしと伝わってきました。
(次回につづく)
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