更新日:2013.6.5.
第十一章 「限りある命を生きる」 其の五
■ 「死にたい奴は死なせておけ 上」
もう一人、高校生が、今コンピュータに興味を持って勉強しているが、養護学校を出たあと、何とかこれを仕事につなげたい、それにはどうしたらいいかと質問してきた。
私は、コンピュータが障害を持つ者にとって、生きていくための強力な武器になりうること、そのための機器やソフトがどんどん開発されていることなどを話した。しかし、「どうしたらいいか」という質問には具体的に答えることができなかった。仕事につなげたいというのなら、充分な訓練を受けなければならない。
しかし、彼らにそのチャンスが与えられているのかどうか、疑問だったからだ。チャンスが与えられていないのに「一生懸命やっていれば、いずれ仕事につながるから頑張れ」と言うのは無責任である。
私はこのことを先生たちとの懇親会の場で、採り上げた。養護学校は普通の学校よりもコンピュータの導入比率がはるかに高い。だが、それらが充分に活用されているようには、私には見えなかった。せっかくのコンピュータが、単なる子どもたちの趣味として使われていた。
「先生方にお願いがあります。知能障害のある子どもは別としても、ほかの子どもには、コンピュータの職業訓練をさせてやってもらえませんでしょうか」
そう言う私に、一人の先生は「カリキュラムの問題がある」と言った。高校生になれば物理や化学も学ばなくてはならない。とても職業訓練に新たな時間を割くことはできないというのだ。
(次回につづく)
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