【スペシャル対談 vol.2】 ― 2019.2.4 ―
2019年、出入国管理法の改正によって、外国人労働者の働き口として介護業界が注目を集めています。そうした動向に対して、「新法案が始動、これからをどう生き抜く?ニッポン人。」をテーマに【スペシャル対談vol.2】としてジャーナリストの視線から、元毎日新聞社HD専務で遠距離介護事業にも取り組んでいる山嵜一夫さんにお話をうかがいました。
アジア圏の労働者獲得は世界大戦に突入
春山 山嵜さんとは、父・春山満の著書を制作した21年前(2019年2月4日現在)からのおつきあいになります。
山嵜 はい、お父様の初期の本『いいわけするな!』(講談社、1998年7月出版)を聞き書きしました。2週間に1回くらい貴社に通い、お父様がお話されることをメモと録音のテープ起こしをして、次お会いしたときにその内容をチェックしていただくその繰り返しでした。ハードで思い出深い経験でしたね。
春山 わたしが中学・高校生の頃でした。
山嵜 ちょうど同じ時期に、同じ講談社から乙武洋匡さんが本を出されて、あちらはべストセラーに。お父様は「同じ車椅子やのに、なんの違いやあ……」と、ぼやいていらっしゃいました(笑)
春山 乙武さんの著書のタイトルが『五体不満足』だったのに対し、父の本は『いいわけするな!』でしたね(笑)山嵜さんは、現在どのようなご活動をされているのですか。
山嵜 今は自分の会社を経営しながら、遠距離介護支援協会の創立メンバーとして、介護分野でも活動しています。協会は鳥取の看護師、神戸貴子さんの呼びかけで、さまざまな地域の看護師、介護士、日本語学校の経営者たちが集まり「まずは介護事業に取り組む人同士のネットワークを作ろう」と作った組織です。「遠距離介護」に特化した検定試験づくりや「都会に居る息子や娘の要望」と遠くの「田舎に住む父さん、母さんの介護」をつなぐ仕組みづくりに取り組み始めたばかりです。その介護の担い手は、既存の資格を持っている師業、士業の人に限りません。これから介護の基礎知識を身に付けたいと考えているシニアの人でも良いでしょう。どこに人手があるのかに依存するでしょう。人不足の時代ですから。
春山 介護の関わり方も様々ですからね。普通は、肩書きと共に責任が生まれますが、介護の分野は責任に応じた給与の割り振りができていないので、この点が大きな問題になりそうですね。
山嵜 さらに、今回の入管法の改正で、新たな現象が起きる可能性もあります。というのも、国会も世間も、大勢の外国人労働者が日本へ働きに来るという前提で議論をしていますが、実際のところはアジアの人たちは日本に魅力を感じていないようです。この現実を早く認識しないと、介護現場に大きなズレが生じる恐れがあります。
春山 おっしゃる通りです。人の取り合いになると言われていますが、それはあくまで日本国内で盛り上がっている話に過ぎません。世界に目を向けると、アジアの労働者獲得は世界大戦状態です。ベトナムの場合、現状他国に比べて日本の賃金は高く、出稼ぎ目的の労働者から日本が選ばれる可能性は高いでしょう。一方フィリピンでは、状況が異なります。以前、フィリピンの日本語学校兼看護学校から、日本へ多くの人材を送り出していた経緯があります。その理由は、フィリピン国内で働くより日本で働いた方が賃金が高かったからです。しかし、ドイツが外国人受け入れ枠を拡大し、給与面、待遇面で日本を上回ったとき、フィリピン国内の専門学校がドイツ語学校兼看護学校に看板が変わってしまうという現象が起きています。彼女たちからすると、何語を学ぶかの違いでしかなく、さらに世界から見ると、日本語はマイナー言語です。
山嵜 ベトナムも結構、危うそうですよ。今はSNSで現場情報がすぐに伝わりますから。よほどの強い動機がなければ、マイナー言語を学んでまで悪い噂が立つ職場に飛びこもうとしないのは、ベトナム人も日本人も同じでしょう。
春山 その通りですね。介護の技能実習生は、他の分野よりも教育期間が長く設定されています。例えば、建設や農業では日本語研修期間が3〜6カ月ですが、日本語検定は必要ありません。介護はまず、N4相当の日本語検定を合格しなければ入国すらできません。この基準が設定されているのは介護だけです。理由は、介護は対面サービスなのでコミュニケーションをとれることが大前提だからです。
山嵜 黙々と作業をするだけで成り立つ仕事ではないですからね。
春山 今年4月に運用が開始される新資格「特定技能」の中では、サービス業として介護の他に、「宿泊」と「外食」が入っています。この2つの分野についても、介護の入国基準が参考になってくると予測されています。
日本で介護の仕事をすることの意義
春山 外国人労働者の受け入れには賛成ですが、中身をしっかり整えないと絵に描いた餅になってしまわないかと心配です。今後日本は、どういう体制をとっていくべきでしょうか。
山嵜 介護技能に限っていうと、技能実習生であれ、移民的な受け入れであれ、2つの視点から考える必要があるでしょう。1つ目は、外国人労働者が来ない前提でどうするのか。その可能性も結構高いです。もうひとつは、より多く来てもらうためにどうするのか。外国人労働者が来ないのであれば、日本人同士で打開しなければなりません。日本の場合、都会と田舎では介護サービスは一律ではありません。わたしたちが遠距離介護支援協会をつくったのは、大都市集中で働く現状が益々強まっている中、東京で子ども夫婦が働き、田舎で親が暮らすことによる介護の問題を解決したいと思ったからです。地方の看護師、介護士、NPO団体、時間があるシニア、さらに介護事業会社を結びつけて、介護サービスの連携を図っていきたいと考えています。一方で、より多くの外国人労働者に来てもらうためには、処遇改善をきちんとして、そのことをしっかりPRする必要があるでしょう。
春山 たしかにそうですね。加えて、どれだけ政府が取り決めをしても、運用するのは受け入れ法人や管理監督する協同組合なので、ここがちゃんとしないと彼ら、彼女たちを守ることはできません。
山嵜 日本で介護の仕事をすることにどんな意義があるのかということを、管理者の立場からきちんと伝えていかなければならないですね。介護先進国である日本で、介護の経験を積んで、母国に帰ったときには介護指導者になってもらう。そんなサイクルを、きちんとつくるべきです。お父様と一緒に本をつくっていたのは1990年代でしたが、そのとき「中国人労働者を雇って、5年で自国に帰り指導者になってもらう、それが中国で広がればいいですね」と、夢として語られていました。今でも先見性の高い発言だと思います。想定していた国はその時と変わりつつありますが、今、それが現実になってきたわけです。
春山 日本は国としては選ばれないかもしれませんが、この法人だったら行きたいという選択はあると思っています。選ばれるようになるためには、現地の送り出し機関、入国後管理監督を担う協同組合、赴任する介護施設、この3つのそれぞれの場所で、必要な教育をしっかり学ぶこと。それができれば、現地に戻ったときに確実なキャリアになります。この流れ自体が、ブランドになるわけです。だからこそ、ハンディネットワーク インターナショナル(以下HNI)では、教育の面から外国人労働者に関わる事業に携わっています。HNIで教育を受けた人なら間違いないと、自国へ帰ったあともブランディングとして役立つような教育をしていきたいです。
山嵜 たしかに、大きい枠組みは国がつくったとしても、けっきょくは、介護の担い手や企業や組織が選ばれる、認められるということに帰結していくのでしょう。選ばれたところが大きくなり、失格の烙印を押されたところが潰れていくという、資本主義社会そのものの盛衰の中で処理されていくのかもしれません。
春山 2017年4月に、ベトナムの大学生300人の前で講演をしたときに「日本で働きたい人はいますか?」という質問をしたら、手を上げるひとが1割もいませんでした。少なくとも半分はいると予測していたので、とても驚きました。行きたくない理由を聞くと、残業が多いとか、残業代や休日出勤の手当てがないとか、毎日満員電車に乗らなければならないとか、ネガティブな情報しか流れていなかったのです。今のベトナム人たちは、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のような世界の中で、片手にスマホを持って暮らしています。FB利用率は約70%、ちなみに日本ではわずか20%程度です。この点が、日本が経済成長をしていた時代とは大きく異なり、情報が流れるスピードがとにかく早い。今後、外国人労働者が入って来ると、実際に日本で働いている人の生の声がすぐ自国に広がるでしょう。
山嵜 日本人が現状を甘く考えているのは、観光として外国人がたくさん来ている様子を見て、それが労働市場にそのまま反映されるだろうと感じている可能性があります。メディアも実態をほとんど報じません。これはアブないです。
日本人が生き抜くために必要なこと
春山 このままでは、日本人は世界の波にのまれてしまうでしょう。そんな中で、今後わたしたちひとり一人は、どういう能力を身に付けていく必要があると思われますか。
山嵜 日本人の美徳とグローバルスタンダードを、どう折り合いつけていくかという問題があります。ビジネスの分野では、グローバルスタンダードで対処しなければならないことが圧倒的に多い。生き馬の目を抜く、すばやく油断できない世界を生き抜かなければなりません。一方で、日本では財布を落としても必ず交番に届けられることに象徴される、暮らしていて安心・安全という他の国にはない美徳があります。
春山 父から教えられた言葉のひとつに松尾芭蕉が残した「不易流行」という言葉があります。根幹の幹はしっかり持ちながら、手先足先はしなやかに変えていくことが大切だという教えです。これは、日本人が一番苦手なことかもしれません。ですが、100年200年と生き残っている企業は実践しています。こういう柔軟な生き方をしていかないと、これからの時代は生き残っていけないですね。
山嵜 日本の高度成長と共に生きてきて、バブルとバブル崩壊を両方味わって、今日に至ったわれわれ世代は、ある意味で戦後の日本経済をすべて体現しています。その中からうまく教訓を汲み取って、次世代に伝えていかなければなりませんね。それがこれからの世代への継承のひとつになるのかもしれません。そのためには、われわれ世代も、今までと違う勉強をする必要があるでしょう。
春山 今は日本語が苦手で、技術も劣る外国人労働者ですが、3,5,10年と経つと、日本人と同じ土俵に立ち、優秀な人材も出てきます。日本人の底力を見せていかないといけないですね。
山嵜 そのとき、そのときで、先ほど話した日本人としての美徳とグローバルスタンダードという2つの選択に迫られることもあるでしょう。この2つの共存が、世の中を生かすということになると思います。
春山 そうですね。新しい次の文化をつくっていく必要性を感じます。外国人労働者の受け入れの話で考えると、ルールが決まっているようで決まっていないのが現状です。どこかでスタンダードをつくらないと、受け入れ事業が失敗に終わることは目に見えています。今日は山嵜さんにお話をおうかがいして、これからの介護業界、それから日本人ひとり一人が、しなやかに生き抜いていく必要性を改めて感じました。
ゲストプロフィール(対談が行われた2019年2月4日現在)
山嵜一夫
大阪府池田市生まれ。毎日新聞社常務、毎日新聞グループホールディングス専務を経て、2014年から2017年まで常勤顧問、顧問。2010年から現在までマイナビの社外監査役。2018年秋に設立した遠距離介護支援協会の創立メンバーであり、経営コンサルティングや著述業など様々な活動を行なっている。フルマラソン(サブ4)からウルトラ(サロマ湖、富士五湖100)、トレイルまでの市民ランナーでもある。