2017年11月に介護領域でも技能実習生の受け入れが正式に認められたことで、今後介護業界でも一層外国人の姿が目立つことになります。受け入れ側としては技能実習生の給料(賃金)の相場が気になるところですが、来日するベトナム人は介護の仕事で給料を得ることにどのような考えを持っているのでしょうか。今回、私たち株式会社ハンディネットワーク インターナショナル(以下、HNI)ではベトナムの送り出し機関で働いている20代後半の女性コアさん(仮名)から、ベトナムの内情などさまざまな話を聞くことができましたので、来日するベトナム人のお金に関する事情にフォーカスを当て、来日する彼らのホンネをお届けします。
べトナム人にとって日本は「好きでも嫌いでもない国」
世間的によくあるステレオタイプとして、「べトナム人は親日」というのが挙げられます。だからこそ、ベトナム人の来日は日本の施設にとって好都合だと。しかし、コアさんによると「来日前はなんとも思っていない。好きでも嫌いでもない」とのこと。私たち日本人からすると、アジアの国々からはネガティブな側面としては先の大戦のイメージがあります。ポジティブなところでは経済発展を遂げた先進国であることやアニメをはじめとするサブカルチャー分野での存在感などがありますが、このあたりは個人によるようです。全般的には先入観を強く持っているわけでもないので、先入観を持たずフラットに接するのが望ましいということなのかもしれません。
べトナム人が来日する本当の理由
コアさんは先の発言にこのように続けました。
「べトナム人が日本に行く理由はただただお金がいいから。そこに尽きる。ベトナムの最低賃金は地域によって異なるが現在、月額1.9万円ほど。大きな差がある。」
日本でも同様に地域差がありますが、概ね控除前で16万円前後が国内最低賃金ベースでの月額と考えるとベトナムの給料と大きな開きがあるのは明らかです。最低賃金比較で8倍近く、日本人の感覚だと月額130万円の給料がもらえる国と聞くと魅力に映るのは当然のことでしょう。
ベトナムでは2012年比で2倍近くに月給が上昇
ベトナムは近年、急速に経済発展を遂げており、以下の表のように2012年から2017年にかけ、第一地域に設定される大都市のハノイやホーチミンで200万ドン(約1万円)から375万ドン(約1.8万円)へと2倍近くに上昇しています。他の地域でも同様に上昇しており、これはベトナム全体で起きていると言えます。
注:第1地域はハノイ・ホーチミンなどの都市部、第2地域はハノイ・ホーチミン市外、主要地方都市部、第3地域は地方都市、第4地域はその他、が該当する。
また、表に記載はありませんが2018年、2019年と引き続き上昇を続けており、第1地域では2019年は418万ドンとなっています。2年間での上昇率は11%近く。このペースで上昇していくと、賃金上昇幅が微増にとどまる日本との格差は年々縮まっていくことになります。外国人の受け入れは5年、10年というスパンで見る必要があるだけにこの伸び率は意識しておいたほうがよさそうです。
職種や仕事内容でも大きく乖離する給料事情
ベトナムでも日本と同じく、職種や仕事内容によって給料に差があります。先の数字はあくまで最低賃金であり、実勢を示しているものではありません。コアさんによると、「ハノイ在住、勤続10年ぐらいの事務職で700~1,000万ドン(約3.5~5万円)ぐらい。大卒などではこの数字が一般的に感じる。もちろんこれより少ない人も当然たくさんいる」とのことです。
また、コアさんによると、日本への滞在経験があり、日本語レベルの高い人材はベトナムの企業からも好待遇で迎えられることが多いとのこと。N1レベルの日本語スキルを有する人材だと10万円/月、N2でも8万円/月といった条件が提示されることもあるようです。
来日するベトナム人はEPAでも留学であっても、介護福祉士の試験合格のために、少なくともN2レベル相当の日本語能力を習得することが求められます。その過程で日本語能力がN2レベルに至ったら、ベトナムで厚遇の仕事に就くことができるということです。そう考えると、無理してまで日本にいる理由は彼らの中には存在しなくなります。むしろ家族や友人が待つ母国への郷愁が帰国に駆り立てるというのは自然なことなのかもしれません。
受け入れ側としてはベトナム国内における彼らの扱いを前提に、長期間日本で働いてもらうための動機形成を図る必要があるのではないでしょうか。
ベトナムのお金の価値はどれくらい?生活水準について
ここまでは給料について解説をしてきました。それではベトナムではどれぐらい生活費用がかかるのか、コアさんに聞いてみました。
「ハノイのランチの相場がだいたい5万ドン(約250円)ぐらい。飲み会だと1回あたり20万ドン(約1,000円)ぐらい。ミネラルウォーターが1.5リットルサイズで1本20円ほど、ビールが1缶80円というのが最近の相場。ここ数年、最低賃金も上がっているが、物価も上昇している。家賃は10年前と比較すると2倍になった。自動車、レストランやスーパーなどが明らかに増加しており、経済発展の勢いを象徴していると思う。」
実際の数字部分もそうですが、何よりも街の景色が大きく様変わりしていることが、経済発展の実情をより反映していると言えそうです。給料として受け取る額が増えた分、支払うものも当然ながら増える。経済が発展する中では避けられませんが、日本に一時期在住して働いていたコアさんによると日本ほどではないと言います。
「日本はとにかく生活費、特に食費や家賃が高い。だからベトナムよりも給料が高くても最終的に手元にあまり残らない。」
コアさんが自身の体験から明らかにした印象は、来日を検討する人たちにも共通認識として持たれているようで、来日前に大きな稼ぎが期待できない場合は、そもそも来日する判断を取りやめることがあるとのことです。これまで受け入れ実績がまだ出ていない、介護以外の業種におけるベトナム人の技能実習生の受け入れを見ても、募集定員に応募数が満たない企業も出てきているようです。その背景には負担やリスクがある割に、実際の実入りが少ないことが倦厭されていると思われます。引き続き、コアさんにもう少し詳しく話を聞いてみました。
稼げるなら残業も厭わない、という来日する彼らのホンネ
来日するベトナム人は技能実習制度や留学制度だと、来日するために多額の費用を負担します。それでも来日するのは、来日後の稼ぎでその費用を返したうえでしっかりと貯金や仕送りをして、ベトナムの家族の生活を向上させるためです。現代の日本でこそ聞かれることはほとんどなくなりましたが、まさに「出稼ぎ」という意識で彼らは来ているのです。
「とにかく『稼ぐ』ことが第一の目的であり、介護スキルや日本語習得などはその手段に過ぎないというのが偽らざる本音。」とコアさんは述べました。
だからこそ、生活費が高い日本に出向いても、大きく稼げないならば行く意味はありません。技能実習制度、EPA、留学制度の掲げる理念自体は素晴らしいものですが、現実を踏まえて受け入れ側は考慮する必要があるでしょう。
残業代を求めて労働時間を増やしたいベトナムからの来日者
人件費にかかる費用を極力抑制したい経営側としては、他の受け入れ事業所の提示額を目安に自らの事業所の提示額を決定することが多いそうです。その結果、提示額はあまり代わり映えしないものとなっているのが現実です。来日を検討するベトナム人は、そうした事情を理解しており、残業代の有無と実質的な平均残業時間を判断材料としています。要するに、固定の金額は変わらないから残業代の上乗せ分でより稼ぐことを目指すということです。
日本人でもアルバイトや派遣など、時給で稼ぐ就業形態の場合は雇用契約締結前に残業代についての問答があります。それと同様に、ベトナム人は「稼ぐ」ことに対して意欲的であることを表している実態と言えます。日本国内の人材不足により外国人の活用を検討していることを踏まえると、こうした彼らの意欲に対してしっかりと応えることは、双方にとってプラスに作用するのではないでしょうか。
まとめ
結論として、大きく稼ぐことができないならばベトナム人の彼らにとって日本に来る意味はありません。「むしろ最近ではドイツなどヨーロッパの待遇のほうがいいため、そちらに目が向いている」とコアさんもベトナム国内における人材動向の変化を感じているようです。
最近では送り出し機関側もこうした国内の事情を踏まえ、税金・社会保険料だけでなく、家賃や水光熱費などの生活インフラ費用を控除したうえで、手元の残りが12万円以下となる求人はそもそも受け付けないようにしているところも出てきているようです。今後、この金額はベトナム国内の経済発展によっては、より上振れしていく可能性も十分考えられます。
わざわざ遠いベトナムの地から出向いて働きに来てくれる。そうした彼らの事情を踏まえ、適切な待遇をしていくことが受け入れる施設側に求められています。
就労してもらう側の立場としては、イニシャルコストをかけるからには長期間働いてもらいたいというのは当然の願望です。しかし、そこに彼らの立場や実際の状況を踏まえた上で、受け入れを検討することが必要かもしれません。