介護職の賃金は上がるのか? SOMPOケアの挑戦と欧米諸国の事例

介護職の賃金は上がるのか?SOMPOケアの挑戦と欧米諸国の事例

介護業界の人材不足を解消するための1つの手段が「賃金の引き上げ」です。賃金を引き上げるためには利益を上げなければなりません。しかし、介護報酬という公定価格の中で利益を上げるのは大変難しいため、思うように上げられないのが現実です。そのような中で、岸田総理が賃上げに言及したり、SOPMOケアがリーダー職の賃上げを決めたりと、期待できる動きもあります。果たして本当に日本の介護職の賃金は上がるのでしょうか。

<目 次>

・介護職の賃金は上がるのか?

・不足する介護職員

・賃金の引き上げが始まる ~SOMPOケアの挑戦~

・賃金の引き上げで日本人の若者は介護業界に来てくれるのか?

・不確実な政治判断に頼る前に<欧米先進国に学ぶ>

介護職の賃金は上がるのか?

2021年10月4日、第100代の総理大臣に岸田文雄氏が就任されました。岸田総理は就任前から自身のSNSで「看護師、介護士、幼稚園教諭、保育士など、賃金が公的に決まるにも関わらず、仕事内容に比して報酬が十分でない皆様の収入を思い切って増やすため<公的評価検討委員会>を設置し、公的価格を抜本的に見直す」とツイートされました。また、8日の臨時国会での所信表明演説でも同様に発言され、今後の報酬アップに期待を持たせました。

しかし、賃金をアップするには財源が必要です。介護職の賃金を日本人の給与所得者(全産業)の平均年収まで引き上げようとすると1兆円以上は確実に必要だと言われています。そのための財源として介護保険料を上げるのでしょうか? それとも消費税を上げるのでしょうか? いずれにしても財源を確保する必要があるため、財務省VS政治家・厚労省や看護・介護・幼保の業界団体間の争いなどが活発化するでしょう。また、日本全体の平均賃金が上がらない中での介護職等の報酬アップの不透明感・不公平感に加え、今以上の税・社会保障費の負担には抵抗感があります。加えて、赤字国債の増発は将来世代への負担の押し付けとの意見も根強くあるため、若い世代への配慮も必要です。したがって、残念ながら介護職の賃金引上げは現実的には無理ではないでしょうか。

参照:NHK時事公論

賃金の引き上げが始まる ~SOMPOケアの挑戦~

10月13日の日本経済新聞によると、2022年4月よりSOMPOケアが介護職のリーダーに相当する社員(約1,000名)の年収を50万円程度引き上げ、平均年収を

450万円程度とするようです。国税庁の調査によると2019年の給与所得者の平均年収(全産業)が436万円なので、SOMPOケアは一足早く自力で岸田総理が目指す給与水準を達成することとなります。これには、介護現場の運営の中心となるリーダー職員の離職を減らし、事業運営を安定させるという目的があると思います。

賃上げの原資は、今後の事業拡大により収益力を高め捻出するようですが、その事業拡大時に必要となる優秀な人材を引き付けるための戦略だと考えることもできます。

つまり、SOMPOケアの賃上げは、単にリーダー職員の離職を防ぐ「守り」の戦略ではなく、介護業界に賃上げや人材の奪い合いを引き起こし、人材が集まらない法人を買収して更なる勝ち組に昇り詰める「攻め」の戦略である・・・と考えることもできます。

参照:日本経済新聞より

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC130SU0T11C21A0000000

賃金の引き上げで日本人の若者は介護業界に来てくれるのか?

介護現場は、とにかく日本人の若者がいないし、来てもくれません。将来の介護業界を担う若手が来てくれないと、業界全体が地盤沈下することは間違いありません。介護労働実態調査によると介護施設で働く人の年齢構成のうち20代は11%となっています。そして日本人の若者が来ないため介護職員の高齢化も進んでおり、今後は高齢化による人材の質(高齢による肉体的な制限)も課題となることが目に見えています。

また、介護業界の幹部候補生を育成する介護福祉士養成校の入学者数も定員を大きく下回っています。2020年度は定員充足率の約52%、7,042名しか入学しておらず、そのうちの2,395名(入学者数の約34%)は外国人留学生です。

そのため、養成校自体も減り、2008年と2020年を比較すると養成校が約23%、入学定員に至っては約50%も減少しています。

参照:介護労働実態調査(令和2年度)

http://www.kaigo-center.or.jp/report/pdf/2021r01_chousa_jigyousho_kekka.pdf

参照:公益社団法人 日本介護福祉士養成施設協会

http://kaiyokyo.net/news/2020/000772/

日本人の若者が介護業界に来ない理由は、「低賃金」「人手不足で大変」といった現状が知れ渡っているためです。賃金においては、介護業界全体の賃金を底上げしなければ、日本人の若者は来てくれないでしょう。また、今後は生産年齢人口の減少が加速するため、他業界との人材獲得競争も激しくなり、介護業界は事業継続のための人材確保を喫緊の課題と捉えなければなりません。

SOMPOケアは介護職のリーダーに相当する社員(約1,000名)の年収を引き上げるそうですが、SOMPOケアの従業員数は23,611人(※1)であり、年収引き上げの恩恵を受けるのは約4%の職員に過ぎないのです。つまり、介護事業社単位の賃金引上げによる全体の底上は不可能であり、岸田総理の発言の信憑性にかかわらず、その実現に期待するしかないのです。

※1(連結:パート職員含む:2021年3月31日現在)

参照:経済産業省

https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/2050_keizai/pdf/001_04_00.pdf

不確実な政治判断に頼る前に<欧米先進国に学ぶ>

では、この介護業界全体の賃上げを政権与党の判断に頼る他手段はないのでしょうか。介護職の報酬を日本人の給与所得者(全産業)の平均年収まで引き上げようとすると確実に1兆円以上は必要とお伝えしましたが、その財源は何も決まっていません。一時金の支給などで誤魔化される可能性もあります。

そこで、海外に目を向けヒントを探してみます。筆者はアメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなどの介護施設を何年にも亘り見学したことがあります。施設内を案内してくれるマネージャークラスの方々は男女を問わず高級なスーツを着こなし、大学で介護学や心理学、経営学等の専門課程を習得したバリバリのエリートでした。一方、介護現場に目を向けると、多くのスタッフが自国民ではなく出稼ぎや移民なのです。なぜこのような人材構成となっているのか質問すると、以下の回答を得ました。

<介護施設の運営には専門的な知識が必要である。マネージャーや現場のリーダーは十分な教育を受けたプロフェッショナルが担当するべきである。>

<介護現場のスタッフとして自国民を雇用すると非常にコストが高い。それよりも優秀な外国人を雇用し、教育し、戦力化するほうが総コストを抑えられる。>

欧米と日本とは関係する制度が異なり全てを同じように真似できませんが、ここにヒントがあります。海外の国々には若い人材が豊富に存在します。彼ら彼女らは母国の医療系の大学・短期大学を卒業しても、国によって医療機関の整備が遅れているため母国で就職できないことが非常に多いのです。そのような若者たちは、高い賃金でなくても迎え入れることが出来るのです。いわゆる「低賃金労働者」として外国人を受け入れるのでは決してありません。日本の若者と同様の適切な賃金を支払うことを前提としますが、採用時点の年齢が若いことと、一定年月を経過すれば、多くの外国人が母国へ帰国することを考慮すると、賃金の上昇を抑えられるのです。

日本人の若者は将来の幹部候補生として雇用します。そうすれば将来の賃金上昇がイメージしやすくなり、離職率の低下に寄与すると考えられます。介護現場は、日本人のリーダー及びリーダー候補生に、外国人労働者をスタッフに加えた人員配置にするのです。

現在の日本の制度では介護職員数に対する介護福祉士の比率に応じて加算報酬がもらえるため、介護施設によっては多くの外国人を受け入れることに消極的だと思われがちです。しかし、人材不足を解消するために根本的な解決策がない以上、外国人の受け入れは必須ということを早期に理解しなくてはなりません。前述の欧米の事例は極端かもしれませんが、少子高齢化が加速する日本で、自国民による介護がいつまでできるのか、この現実を真剣に受け取め早急に対処する時が来ているのではないでしょうか。