更新日:2013.4.10
恐怖のバトンタッチ 其のニ
■ 恐怖は子供に続く
それでも弟が近所に住んでいたため、入浴の時は手伝ってもらい、なんとか最後まで風呂に入れることができたそうだ。
そこまで話し終えると、また念を押すように「いやー、春山さん、今日の話は本当によかった。介護っていうのは、まさに恐怖ですよ。だけどあればっかりは経験しないとわからないねえ」
その後、彼は最後まで看取った母との思い出をひとしきり話し「それにしてもあれは恐怖そのものだよ。経験しないとわからんねえ。うちの常務連中に、果たしてあの恐怖がわかるかなあ」と続けた。
いつしか彼の介護体験談は自慢話に変わっていた。
少し不愉快になった私は、「どうも今日はありがとうございました。それにしても貴重な経験をなさいましたね」と別れの挨拶(あいさつ)をすると、彼は上機嫌で「いやー、春山さん、本当にいい話でした。だけどうちのボンクラ常務連中に、あの恐怖がわかるかなあ。春山さんには、これから時々常務会にも出てもらわないと」としつこいほど繰り返すので、私はつい余計な一言を口走ってしまった。
「常務、ご安心下さい。あなたが経験した恐怖は、決してあなただけのものではありません。まもなくあなたの子供たちが、たっぷり味わいますから」
彼の笑顔がみるみる強張(こわば)り、引きつった。
その後、何度もこの大手自動車会社に足を運んだが、この常務からはなぜか二度と声をかけられなくなった。
(次回に続く)
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