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春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜

闇に活路あり

第三十七章其の一


更新日:2013.12.11
ビジネスの王道を歩く 其の一

私のビジネスを称して、よく「逆転の発想」と言われる。ただ、私は今まで「逆転の発想」など一度もしたことはない。
私が難病になって走れなくなり、歩けなくなり、そして握力を失い、寝返りもできなくなってから十一年がたつ。今では首から下の機能を完全になくしたが、「なくしたものを数えるな。残っている機能を百二十パーセント活性化させろ。そうするところに、必ず活路は見いだせる。多少体が動かないぐらいで、人としての尊厳が失われてたまるか!」と自分に言い聞かせ、行動してきた。
そして「何としても経済的に自立して生き残りたい」と執念を燃やして死にもの狂いで働いてきた。

■ 懐かしむ声ばかり

難病という宿命からいろいろな機能を奪われながらも、なくしたからこそ発見できた私のこれまでの過程と今の日本を比較してみるとどうだろう。

バブルが弾ける前の日本の経済力と成長力は世界の誰もが驚嘆した。あのアメリカ経済すらやがて日本に乗っとられるのではないかと恐れられ「ジャパンバッシング」という一人勝ちする日本経済に対する制裁すら浴びせられた。
「ジャパンバッシング」。ついこの間までマスコミのいたるところで横行していたこの言葉すら今は懐かしい。

やがて資産バブルが崩壊し、土地も株価も未曽有の下落となり、出口の見えない闇の時代に突入したと言われて久しい今、見渡せばバブル崩壊前を懐かしむ声ばかり聞こえる。
今の日本を私の宿命に例えるなら、「気付いてみるとあれだけ走るのは早かったのに、手の力も強かったのに」と元気であったころの自分をただ嘆き評論しているに過ぎない。私自身が今の日本のような生き方をし、すべてを難病という宿命に任せて言い訳ばかりをしていたら、今ごろは恐らくどこかの療養所でこの一生を終えていたかもしれない。


(次回に続く)







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