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春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜

春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜 



  
第一章其の二




更新日:2010.6.30
第一章 「妻が泣いた日」 其の二


■ 「子どもがほしい」

 今、こうして四人の親子が平穏に暮らしている日常は、結婚してすぐのころの由子の一言から始まった。
「ミッちゃん、私と一緒にもう一度病院に行ってくれない?」

「病院に行ってどうするんや。筋ジストロフィーは現代医学では解決方法がないらしい。まして新薬が開発されたとか、新しい治療法が見つかったとか、聞いていないぞ」 現代の医療では完治する見込みがない難病と告げられてから、私は一度も治療のために病院を訪ねたことがない。治らないとわかっているのに、藁にもすがる思いで病院に通いつづけるなんて、時間の無駄である。
しなければならないことは、ビジネスを成功させ、自分と由子が安全に生き抜けるような経済的基盤を作ることである。

 だが、このときの由子は、こう続けた。
「私、ミッちゃんの病気のことを正しく知っておきたいのよ。あなたの病気が本当に治らないものなのかとか、そのうちに新薬が見つかるとか、ほかに治療法が何かあるのかとか、そんなこと知りたいためじゃない。いずれ車椅子に乗ることになるミッちゃんとその車椅子を押すことになる私が、どうしたら快適に生活ができるか、その情報がほしいのよ」

 たしかに、車椅子での生活に関する情報は、通常のメディアからはほとんど流れてこない。日常生活での一つひとつの動作をどうすればよいのか、それを助けるための機器にはどんなものがあるのか。そうした情報が、これからの私たちには必要になる。
「それから――」  由子は一呼吸置いて、はっきりと言った。
「私は子どもがほしいし、そのためには先生に聞いておきたいことがあるのよ」

 由子は、私の病気が遺伝子に関係があると知って、もし子どもを生んだとき、私の難病が子どもに遺伝しないかどうか、ということを懸念していたのである。 私の進行性筋ジストロフィーはディスタル・タイプという。手足から始まって徐々に中心に向かって体の運動細胞が破壊されていく難病だが、その原因は、体内にあるクリアリン酸という新陳代謝に必要な酵素が異常に分泌され、細胞膜を破壊していくことにあるのだそうだ。
私の場合、その酵素を異常分泌させるスイッチが24歳のときにONになるように、遺伝子に組み込まれていたらしい。そのスイッチがどこにあるのかを特定できれば、少なくとも進行は止められるが、現代の医学では、それがわかっていない。 子どもに遺伝するのだろうか。もし、遺伝しないのなら――。私は、由子と病院に出かけた。

 障害を持つ者とその家族が安全に暮らしていくための総合生活情報は病院にはなかった。医療関係者の関心事は病気そのもので、生活にはあまり興味がないようだった。一つの期待は裏切られたが、もう一つ大切な話があった。由子は言った。 「先生、子どものことなんですが、遺伝する可能性はあるのでしょうか」

「奥さんの遺伝子の中にディスタル・タイプのマイナス因子があれば、お子さんにも遺伝する可能性はあります」  それは血液検査でわかるという。由子は早速、その検査を受けた。一週間後、期待と不安を抱えて病院を訪れた私たちに、医師は朗報を伝えた。幸いなことに由子にはマイナス因子はなかった。

しかし、私のような難病を抱えた男と結婚し、そのうえ子どもまで産もうと言うのか。

(次回につづく)





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