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春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜

春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜 



第二章其の一




更新日:2010.7.28
第二章 「モルモットにはならない」 其の一


■ 「薬も治療法もない」

 あの日の記憶は、医師とのやりとり以外に、まるでない。今になって思い返してみると、季節は夏が逝って秋の気配が漂いはじめたころのような気がするだけだ。

 二十一年前の、私にとってけっして忘れられない一日であるはずなのに、その日の風景は記憶の底に埋もれてしまっている。あるいは、信じたくない事実を突きつけられたために、記憶の回路がその日だけを封印したのかもしれない。

 私か訪ねた大阪の国立病院は、近畿地方では有数の進行性筋ジストロフィーの専門病院だった。 私の症状と進行具合を問診した医師は、「数回の検査が必要で、結果が出るまでには三週間ほどかかる」と言った。そして、その日は血液を調べることから始まった。さらに運動機能を調べ、そして筋電図を取った。

 我慢強いと自負している私だったが、この筋電図の検査だけは、さすがにこたえた。全身の筋肉に針を刺し電流を流して筋肉の反応を調べるのだが、針を刺したままで体を動かさなければならず、手足をわずかに動かすだけで激痛が走った。

 検査が三週目に入ったあたりから、立ち会っていた数人の医師たちがしだいに色めきたってきた。検査デー夕に並々ならぬ興味を示しているのが、私にもわかった。
そして、すべての検査を終えた医師は、私にこう告げた。

 「春山さんの病気は、進行性筋ジストロフィーです。しかも日本では珍しい遠位型、ディスタル・タイプだと思われます。激症型ではないので、すぐに命がどうのということはないんですが、ただ確実に筋肉細胞が侵されていきます。病気の原因が遺伝子にあるのはわかっていますが、それ以上詳しいことは解明されていません。治療法もないし、薬もない。現在の医学では進行を止めることもできません」

 私は、それなりの覚悟はしていたつもりだが、医師の言葉を聞きながら、診察室の目の前の風景がゆっくりとフィルムのコマ落としのように流れていくのを見ていた。
オレはこの先どないなるんや。オレの人生は、あとどのくらい残されているんや……。
そんな思いが頭の中を駆け巡っていた。

 「春山さん、半年ほど入院してくれませんか」
医師の言葉で我に返った。入院という言葉を聞いて愕然としながらも、このとき、私は、まだ自分の背負った宿命のようなものを受け入れたわけではなかった。しかし、受け入れる覚悟だけはしていたように思う。

「入院って、先生、ボクの病気は半年入院すれば治るんですか」
「いえ、先程お話ししましたように、進行性筋ジストロフィーは、まだ治療法も解明されていませんし……」
「じゃ、何のために入院するんですか」
「春山さんの筋ジスは、ディスタル型といってひじょうに珍しいタイプなんです。克明にデータを取らせてほしいんです」
「お断わりだ!今、この病気には治療法もない、薬もない、進行も止められないと言ったじゃないか。医療がギブアップしてる病気なのに、入院してどうなるいうんや!」

 私の中で、何かが弾け、激しい言葉がロをついた。
「オレはあんたたち医者のモルモットになって人生終えるつもりはない。あんたたちには面白い症例の一つかもしれないけど、オレにとってはたった一度の人生なんだ。もしここに三ヵ月、六ヵ月入院したら、オレのビジネスはどうなるんや。あんたらのモルモットになって人生棒に振るつもりはない」

 医師と私の間に気まずい沈黙が流れていった。

(次回につづく)





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