更新日:2010.8.11
第二章 「モルモットにはならない」 其の三
■ 「体に何かが棲みついた 上」
思えば、宣告の二年前、あれが病気の前兆だったのだろうか。
私は婚約中の由子と、新潟県の赤倉スキー場にいた。
「去年は生まれて初めてスキーをしたのに、いきなり中級者コースヘ連れていくなんて、ミッちゃん、めちゃくちゃや。でも、どう、だいぶ上達したやろ」
このときが二度目のスキーとあって、何とか中級者コースを滑り降りることができるようになった由子は、春の陽光を振り仰いで満足そうだった。
うっすらと額に浮いた汗が光っていたのを覚えている。
私のスキー歴は中学の一年生のときからで、準指導員の資格を持っている。
高校を卒業したあとは、スキー場で怪我人を担架に乗せて降ろしたりするパトロールのアルバイトもしていた。
そんな私が手取り、足取り教えたのだから、滑れるようになって当たり前だ。
その日は、西の空が赤く染まるまでゲレンデにいた。
そろそろ帰ろうと、緩やかな斜面をゆっくり滑りながら温泉宿に向かっていたときのことだ。
妙にストックを握りにくく感じた次の瞬間、右手のストックが手から外れた。
ストックにはバンドがついているから落としはしなかったものの、無意識のうちに手からスッと力が抜ける奇妙な感覚だった。
多分、スキーのやりすぎやろう。きっと疲れたんや――。
そう思って、ストックのことは気にも留めずにいた。
しかし、これが私の病気の最初のサインだった。
翌日、同じようにスキーを楽しんだ私たちは、また温泉宿への緩やかな斜面を降りていった。
林道を抜けるとその先に宿があった。
木の枝に積もっていた雪がときおり、頭の上にドサッと落ちてくる。
由子が驚いた声をあげ、私のほうに体を寄せたとき、私は雪の上にストンと尻もちをついた。
「あっ、ゴメン」
由子は、自分が体を寄せたために、私が尻もちをついたと思ったらしい。
しかし、そうではない。私が、そんなことで転ぶはずがなかった。
(次回につづく)
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