更新日:2010.9.22.
第三章 「神さまの試験」 其の二
■ 「明日が見えない 下」
「来年の結婚の話やけど……。少し延期しよう」
由子と結婚したいという意思に変わりはなかったが、治る見込みのない病気にかかり、そのうえ土地管理の仕事が難航している。あるのは借金ばかりだ。経済的にも精神的にもあまりに見通しが暗すぎた。何もかもがどうなるかわからないのに、由子を巻き添えにするわけにはいかなかった。
「延期って、いつまで?」
「わからん。とにかく今のオレには先が見えんのや。自分で飯も食えないし、体もどんどん悪くなっていく一方や。飯も食えん者が、おまえを道連れにしても仕方がない。とにかく飯が食えるようになって、自分が生きていける環境を作ることが先決や」
結婚の約束は、私から切り出して無期延期になった。 由子は、何も言わず、私の考えに従ってくれた。
土地問題が暗礁に乗り上げたと同時に、病気は想像以上に早く進行していった。 下半身の筋肉がみるみるうちに衰え、用を足すのも大変になった。いったんトイレに座ると、体中の力をふりしぼって立ち上がらなければならない。下着とズボンを上げようとしても握力がほとんどなく、なかなかうまくいかない。シャツの裾を手のひらでズボンの中に押し込むのに四苦八苦した。そのとき、体のバランスでも崩そうものならすぐに転倒してしまう。
それでも私は、杖を使おうとはしなかった。 できるだけ自分の足で歩きたい。歩けなければ車で移動すればいい。わずかでも筋力が残されているかぎり、普通の人と同じように動いていたかった。
いずれは確実に車椅子に乗ることになる、と医師は言った。そのときがいつ来るのかは予測もできない。しかし、確実にそのときは来る。もはや時間との競争だった。
この仕事を成し遂げ、由子と結婚する。 辿り着けるかどうかはわからないが、とにかく今日を生き延びることで明日に望みをつないでいくしかない。
(次回につづく)
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