更新日:2010.10.27.
第三章 「神さまの試験」 其の七
■ 「神さまに試された夜 上」
力のない指で電卓を叩きながら借金の帳簿の整理を終え、少し明るくなってきた窓の外を見ると、まだ雪が降りしきっていた。
その雪を見つめていると、なぜか不思議に気持ちが落ちついてきた。
今「死のう」と思っているんだから、明日死んでもかまわない、もう一日恥をかいたってかまわない。 一種の開き直りにも似た底力が湧いてきた、とでもいうのだろうか。私は、これまでの自分を肯定しだしていた。
―借金といったって、自分が飲み食いや女遊びで作ったもんやない。そりゃあ、たしかに人に迷惑はかけたけど、仕事を続けていくためやないか。けっして人を騙したんやない―
この仕事さえうまくいったらすべては解決するんや。昨日まで頭を下げて恥をかいて生きてきた。 明日もう一日、頭を下げて恥をかいてでも生き延びよう。 もう一度、もう一度だけやったろうやないか―。
命への執着というのでもない。闘争心というのでもない。 もし今自殺したら、難病のことを知って、みな三日は同情してくれるだろう。しかし、それで誰の記憶からも消える。 死ぬことの怖さではなく、無になることの悔しさが私をとらえていた。
ガスストーブの青い炎を見つめながら、私はどれくらいの時間、思いを巡らしていたのかわからない。 夜が白々と明けてきていた。
(次回につづく)
|