更新日:2010.10.13.
第三章 「神さまの試験」 其の五
■ 「借金地獄 下」
大阪駅の裏手にあるその会社のビルまで何とか車を運転していった。 体力はすでになく、歩くにもやっとの思いだった。足を取られて転んでも、普通なら反射的に手で体を支えることができるが、筋力を失った手は、もう瞬時には反応しない。そのまま顔面から倒れ込むしかない状態だった。
私は、慎重に車を降り、ビルの入口までの歩数を目で測り、そろそろと歩き出す。入口に辿り着き、壁に手をついて体のバランスを保つ。その四階建てのビルにはエレベーターがなかった。四階の事務所まで、私は手すりに肘をかけ一歩ずつ足を引きずりあげていった。
やっとの思いで四階の事務所の前に立ったとき、背中がグッショリと濡れるほど汗をかいていた。荒い息を整え、ドアに体を押しつけるように開けた。
「社長、いつもお世話になってます。じつはお願いがありまして……」
遅れている支払いを詫びようと切り出したとき、私の言葉を遮るように、社長が怒鳴った。
「おまえ、何や、その汗は!」
一瞬、私はその言葉の意味がわからず、ロごもった。
「いやぁ、ちょっと腰が悪いもんですから、階段を上がるのがしんどくて……」
「腰が悪いやと。そんな姑息な真似するな。貧乏たらしく夏物の背広なんか着て、どうせ金策に走り回って都合がつかんかったんやろ。その言い訳をするために、ここに来る前にそのへんを駆け回って大汗かいて……。それが姑息な真似と言うんや!」
事務所の中が静まり返った。仕事の手を止めてうつむいている社員もいれば、軽蔑の笑いを押し殺した顔で私を見ている者もいた。
「おまえは、年がら年じゅう腰が悪いと言い訳ばかりするが、そんなに腰が悪いんなら病院でもどこでも行って、療養でも何でもしてしまえ。おまえみたいなやつが一人欠けようが二人欠けようが世の中痛うも痒うもないんじゃ。言い訳ばっかりして人に迷惑かけやがって!おまえみたいなもんは、仕事やめて療養でもしとったほうが社会のためや」
頭の中が真っ白になっていった。 その社長には日頃からずいぶん世話になり、可愛がってもらっていた。その人がついにそう言ったのだった。
「申しわけありません……」
私はただ頭を下げるしかなかった。
「もういい、今日は帰れ」
社長もそこまで言って腹の虫が治まったのか、私に許しを与えた。嘲るような笑みを浮かべて見ていた社員たちにも、私は会釈をしながら足を引きずって事務所の外に出た。
(次回につづく)
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