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春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜

春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜 



第五章其の一




更新日:2011.1.26.
第五章 「父の手のひら」 其の一


■ 「事故」

 父が、突然の事故で他界したのは五年前の五月のことだった。その日のことは忘れようもない。午前中に、私が考案し、開発した世界で初めての磁気制御型の歩行器のプレス発表。午後からは全国のディーラー百数十社を集めての説明会が予定されていた。場所は東京・池袋のサンシャインの大会議室。

 当日、私はスタッフとともに朝早く伊丹空港へ向かった。予定していたのはJAL102便で、伊丹発が七時二〇分。午前中に東京で仕事のあるときはいつもこの便を使っていた。ところが、伊丹空港に着くと、この日は102便が欠航になっていた。乗務員の乗ったバスが高速道路で事故に遭ってしまったというのだ。大切な日だというのに幸先がよくないな、と何か嫌な感じがした。三〇分遅れで
JASが臨時便を飛ばし、私たちは八時五〇分に羽田空港に到着した。

 迎えの車に乗り込んで携帯電話を見ると留守番メッセージのランプが点滅している。すぐに大阪の会社に電話をすると、経理部長の携帯電話にすぐ連絡してほしいという。経理部長というのは妻の由子である。
「今、どこなの?」
電話に出た由子の声が震えていた。

「東京に着いたところや、どないした、子どもに何かあったんか」
「……、お義父さんが今朝、事故に遭ったらしいのよ。とにかく今、病院に行くとこなの」
「親父が事故って……、で、どんな状態なんだ」
「大型ダンプにはねられて、瞳孔が開いてるらしいの。それで今から手術なんやけど、詳しいことはわからへん。とにかくお義母さんがすぐに帰ってきてほしい言ってるよ」
「わかった。今は帰られへん。またあとで電話する」

 私は、由子の泣き出しそうな声を聞きながら、取り乱すことのない自分に驚いていた。
オレは今、大阪に帰るわけにはいかんのや。この仕事に穴あけたらいかんのや。その思いだけがあった。
私が開発した歩行器は世界特許まで申請した画期的なものだった。
この日は、私たちが待ちに待った全国からのディーラーを招いた発表説明会の日である。この商品の説明だけは、私でなければできないものだった。

「どうしたんですか」
池袋の会場へ向かう車中で、スタッフの一人が私の様子に気づいて声をかけた。
「親父が事故に遭って死にかけてるそうや、経理部長はすぐに帰ってきてほしいと言うてる」
「すぐに飛行機のチケット手配します。今からなら九時すぎの便に乗れます」
「アホ、何言うてるんや! 今日がどんな日か知ってるやろ」
私は、つい大きな声を出した。

「帰られへん……。帰るつもりもない。今からこの携帯電話の電源を切ると事務所に連絡せえ。連絡は午前中のプレス発表が終わってから、こちらからすると言うておけ」
私は、そう言いながら自分の冷酷さに驚いた。そしてそれまで冷静でいた気持ちが大きく揺れはじめているのを感じていた。

(次回につづく)





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