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春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜

春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜 



第五章其の七




更新日:2011.3.9.
第五章 「父の手のひら」 其の七


■ 「父の背中 中」

 亡くなる一週間前の朝、父は、フラリと箕面の私たちの家に訪ねてきた。それまでも何度かやってきてはいたが、忙しい私に気兼ねしてか、来るときは必ず事前に電話があった。しかし、その日は、私が会社に出かける直前に、突然やってきたのだった。

「親父、悪いけど、オレ、出張なんや。お茶でも飲んで行って―」
その日の業務のことを考えながら私は、父にそう言い残し、玄関まで送りに出てきた由子に、あとでいくらか小遣いを渡してくれと伝えた。そして玄関を出ようとしたとき、廊下の奥で父の声がした。

「満……」
「何や、話があるなら帰ってから聞くわ。今日は時間ないねん」
わずかに首をめぐらせて私が冷たく言うと、父はそれっきり何も言わず、手のひらをひらひらと振って背中を向けた。これまで手など振ったこともない父が、まるで子どものように手を振って私を見送ってくれた。それが私の見た最後の父の姿になった。

 私は、父を快く思っていなかった。愛憎―というが、私は父を半ば憎んでいた。大学受験あたりから、私たち親子の関係はギクシャクしたものになっていたが、決定的だったのは、私が難病の宣告を受けたときである。泣くでもなく、慰めの言葉をかけるでもなく、ただ顔をしかめ、ため息をついた。それは、難病の当事者にとって、最も辛い反応だった。

 私は、そのときから父を憎むようになっていた。遠い日に私を肩に担いで空の高さを教えてくれた父は、もういなかった。肉体労働で日に焼けた太い腕で私を抱きかかえ、嫌がる私の坊主頭を節くれだった指で撫でてくれた父は、すでにいなかったのである。

 そして、私の体がすっかり萎えてしまったころのこと。私と仲のよかった従兄弟の結婚式があり、出席したいという私に、「そんな体で出てどうする」と怒るように父は言った。

(次回につづく)





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