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春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜

春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜 



第五章其の六




更新日:2011.3.2.
第五章 「父の手のひら」 其の六


■ 「父の背中 上」

 午前中のプレス発表が終わるとすぐ事務所に電話をした。由子は病院の待合室に詰めているらしく、秘書が代わって状況を私に知らせた。
「今、手術の最中だということで経理部長から連絡がきました。ただ経理部長から社長に伝えてほしいと言われてます。もう時間の問題なので……」
「わかった―。もう全部わかった」
私は秘書の言葉を強引に遮った。
「今から説明会なので、四時までは携帯電話を切る。電源切るから電話しても無駄やからな。経理部長にそう言っておいてくれ」

 電話口の向こうでうろたえている秘書に突き放すように言って、電話を切った。全国のディーラーヘの商品説明会は一時から四時まで。その三時間、私は何かに憑かれたようにしゃべりまくった。説明会が終わったとき、高額の歩行器にもかかわらず、その場で三〇〇台もの発注があった。説明会のあとですぐに注文を受けるなど、かつて一度もなかったことである。

 予定されていた懇親会を無断で欠席し、車で羽田空港に向かった。車中から事務所に電話をすると、父が息を引き取ったと知らされた。私が説明会の壇上に立ったのと同じ時刻、一時ちょうどだったという。後部座席に体を沈めた私の頬を涙が伝わり落ちた。

 私に受話器を当てていたスタッフがハンカチを出して拭いてくれた。運転をしていた提携会社の運転手さんが、バックミラーから異変を見て取った。
「春山社長、どうかなさったんですか」
「親父が事故で死んだ」
「え、いつですか」
「ようわからんけど、ちょうどディーラー説明会を開いているときらしい。今朝の事故だったらしい。わかっていたけれど、今日は絶対に帰れない日なんだ」
どっと涙が溢れた。

 大阪に着いたとき、すでに父の遺体は病院から寺に運ばれており、通夜が営まれていた。車椅子のまま寺の本堂にあげてもらい、父の顔を見た。
「オヤジ!」
泣きながら走り寄ってきた由子に頼んだ。
「ボクの手を持って、親父のホッペタにつけてくれ」

 柩の横に車椅子をつけ、手を父の顔に運んでもらった。まだうっすら温もりがあり、柔らかかった。どれくらい頬を触りつづけていただろうか。「もういいやろ」と親族の一人に止められて、我に返った。
「お義父さんが家に来たのは一週間前だったわね」
由子がポツリと言った。

  (次回につづく)





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