更新日:2011.2.23.
第五章 「父の手のひら」 其の五
■ 「波乱の人生 下」
一年半ぶりに家に戻ってみると、様子は一変していた。かつて親戚や仕事の関係者を招待して大饗宴を催していたころの面影はどこにもなく、家は廃墟のように静まり返っていた。押しかけてくるのは債権者ばかりで、借金の返済を迫られる父を見て、母はなす術もなくただうろたえていた。
苦しんでいる父を見て、私は会社の整理を手伝うことにした。しかし、経営のことなど、私にはわからない。できることは、金策に走り回る父の車の運転手をするくらいだった。兄はすでに医者として独立しており、父を経済的に支援してはいたものの、借金の埋合わせには到底追いつかない。姉は会社勤めで、妹と弟
はまだ学生だった。
父の負債は当時の金で五億か六億円はあったろうか。所有していた不動産をすべて手放し、最後は自宅まで差し押さえられた。貧しい生活から這い上がり、やっと手に入れた一戸建ての家は、父と母の一五年間の思い出がいっぱい詰まった家であったはずだ。その家を手放し、狭いマンションに移り住む日、母と姉は声
をあげて泣いていた。
それでも借金返済にはまだ足りなかった。私は会社の処分を手伝いながら、訴訟の場にも顔を出し、不動産処分の法律的な手続きなどを覚えていった。そして、父を手伝う一方、独学で宅地建物取引業の資格を取り、「春山商事」という土地の売買をする会社を興したのである。
父は、事業に失敗してから急速に老いていった。九年ほど前からは、千里中央のあるマンションの管理兼清掃を仕事にして、静かに暮らしていた。その父が、事故に遭って危篤だという。
(次回につづく)
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