更新日:2011.8.31.
第八章 「龍二への手紙」 其の四
■ 「運動会に車椅子で来るの? 上」
父さんは、お兄ちゃんが小さいころ、“口だけコーチ”で、自転車の乗り方やキャッチ・ボールを教えたが、君には教えたことが一度もない。それは、父さんの代わりに、お兄ちゃんが充分、君に教えられたからだ。だから、君にとってお兄ちゃんはよき指導者でもあり、ライバルでもあるだろう。
お兄ちゃんが生まれたときから、父さんは車椅子に乗っているが、そのことでお兄ちゃんが泣いたのは小学校に上がる前、父さんがキャッチ・ボールを教えたときのことだ。もちろん、お父さんはボールが握れないし、投げることもできないから、お兄ちゃんは「どうしてウチのお父さんだけできへんの」と、泣いた。
でも、お兄ちゃんは、だんだん父さんの体のことがわかるようになり、車椅子に座っていることも、お母さんにお風呂に入れてもらうことも当たり前のことと思うようになっていった。君は、そんなお兄ちゃんを見てきたせいか、お父さんが車椅子に乗っていることをあまり不思議に思わなかったようだ。
でも、君もお兄ちゃんと同じように、だんだん疑問を持つようになった。あのころの君は、この家に引っ越してきてすぐに小学校一年生になったばかり。保育所の友だちとも別れ、見知らぬ土地で新しい生活が始まったせいか、四年生になったお兄ちゃんがすぐに学校の生活に慣れたようにはいかなかった。なかなか友だちも作れなかったようだったね。
そして秋、明日が初めての運動会という日の夜、夕食を終えてテレビをみていた父さんに、君は、ポツリと言った。
「ねえ、お父さん。明日の運動会に来るの?お父さんが運動会に車椅子で来たら、みんなに変なふうに思われへんかなぁ」
お母さんは、台所で夕食の用意をしていた。明日はお母さんのお祖父ちゃんやお祖母ちゃんも来ることになっていた。
父さんは、君のその言葉を聞いて、ちょっと返事に迷った。
(次回につづく)
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