更新日:2011.9.7.
第八章 「龍二への手紙」 其の五
■ 「運動会に車椅子で来るの? 下」
「大丈夫、大丈夫。そんな変なふうには思われへんよ。お父さんはお兄ちゃんの運動会だって授業参観日にだって、何度も学校に行ってるやん。それだけやない。日本中、世界中いろんなところに行ってるやん。いろんな人とお仕事してるけど、誰にも一度も変なふうに思われたことなんてないよ」
父さんは、君がそう言ったからといって悲しいとは思わなかった。たしかに普通のお父さんとは違うのだから。それよりも、龍二の正直な気持ちがわかって、そして君が自分の気持ちを言葉で伝えられるようになっているのを知って嬉しかった。
君が黙ったまま二階に上がっていってから、父さんはお母さんに聞いた。
「どうしよう。明日行くのやめようか」
「何言ってんの、行こうよ。龍二だって本当は来てほしいのよ」
お母さんは、ちょっと気が弱くなった父さんをそう言って励ましてくれた。
次の日の朝、君がお兄ちゃんと一緒に元気に家を飛び出していったあと、父さんとお母さんたちは急いで学校に行き、いちばん前の席に陣取って、君が行進してくるのを待った。
「オーイ、龍二!」
父さんは、一年生の先頭で胸を張って歩いてくる君に向かって大きな声で呼んだ。君はチラッと父さんのほうを見て、照れくさそうに笑っていた。次は哲朗の番だ。
「オーイ、哲朗!」
父さんはお兄ちゃんにも大声をかけた。
その日、君はとても楽しそうだった。そして徒競走で君は一等賞になった。君のあんなに張り切った姿を見たのは、父さん、初めてだった。運動会から帰ってきた君は、こう言ったものだ。
「お父さんのことよく見えたよ。声も聞こえた。あんな大きな声出すんやもん、友だちもみんな、龍ちゃんのお父さんが来てるなぁって言ってたよ」
さすがにお兄ちゃんは恥ずかしかったらしく「お父さん、あんな大きな声出さんといてよ。お父さんだけやで、あんな大声出してたの」と、父さんは叱られてしまった。
(次回につづく)
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