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春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜

春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜 



第六章其の七




更新日:2011.5.11.
第六章 「哲朗への手紙」 其の七


■ 「口だけコーチ」

 君が六歳になるころだった。誕生日のお祝いにお祖父ちゃんから自転車が届いた。お母さんのお父さんは自転車屋さんだから、プレゼントには自転車と決めていたらしい。君はさっそく乗りたいと言いだした。人一倍好奇心が強いのは、父さん譲りらしい。
君は、この家に引っ越す前に住んでいたマンションの中庭で自転車の練習をした。あの寒い冬の日のことを覚えているだろうか。自転車をもらった数ヵ月後のことだ。君は補助輪を外して乗りたいと言いだした。

 父さんは、もちろん自転車の後ろを支えてやることなどできないから、君が練習するのを車椅子に座って見ているだけだ。口でばかりコーチする“口だけコーチ”だった。
「お父さん、アカン……」
初めは嬉しそうに練習していた君だが、何度やってもうまくいかない。転んでは立ち上がり、転んでは立ち上がる。何度も転ぶうちに、膝小僧を擦りむき、血が惨んでいた。
「お父さん、やっぱりでけへん……」
君はベソをかきはじめた。

「テッちゃん、自転車こっちへ持ってきてみ。お父さんが声をかけてあげるからな。イチ言うたら右足で漕いで、ニィ言うたら左足で漕ぐんや。それでやってみよか」
「そんなん言うても、お父さん、でけへん」
「一度やってみ、お父さんの言うとおりにやってみ」
君はしぶしぶまた自転車にまたがった。
「ああ、うまい、うまい、その調子や」
だんだん上達していって、君は中庭の端から端までフラフラしながらも何とか走らせることができるようになった。

「今度はカーブの練習や。フラフラしても怖がらんと力を入れて漕ぐんや、イチ言うたら右足やで、ニィ言うたら左足やで。ほら、イチ、ニィ、イチ、ニィ!」
ついに君は中庭を一周した。
「できた、できた。お父さん、お父さんに自転車乗るの、数えてもろた!」
中庭をグルグル回りながら、君は嬉しそうにそう叫びつづけていた。

 その声を聞いて、まるで父さんも君と一緒に中庭をグルグル走り回っているように感じた。君の声に、何事が起きたのかとベランダからお母さんも顔を出した。
父さんもそうだったが、自転車に乗れた瞬間というのは、自分が大人になったような気分になるものだ。
あのときの君の笑顔と嬉しそうな叫び声を、父さんは一生忘れないよ。

(次回につづく)





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