更新日:2011.5.25.
第六章 「哲朗への手紙」 其の九
■ 「人間は無限に近い可能性を持っている 下」
そんな君たちに、父さんはできるかぎりのことをしてあげるつもりだ。もちろん普通のお父さんのようにできないことも多いが、それでも、おまえたちの親父として精一杯のことをしてやるからな―。
やがて君も龍二も成人し、大学を卒業して社会に巣立っていくだろう。君たちが進む人生は、君たちが君たち自身で選びなさい。約束しよう。君たちの人生に父さんは何の注文もつけないよ。
ただ、父さんの助けが必要なときは、どんなことでも言ってほしい。父さんにできることなら何でもしてやるから。
君に一つだけ覚えておいてもらいたいことがある。人間は、ギリギリのところに追い詰められると、自分では気づかなかったくらい、驚くほどの底力が出るということだ。父さんは、体の自由を失って追い詰められたけれど、失う端から、それを補って余りある力を手に入れた。
父さんの記憶力がいいのを君は知っているね。だけど、父さんの記憶力が上がったのは、鉛筆が持てなくなり、メモを取れなくなってからだ。
外国へ行くと、父さんは英語を現地の人と同じくらいペラペラ話すだろう。だけど、父さんが英語を覚えたのは、もう自分で辞書をめくることができなくなってからだ。一度聞いただけで単語の意味を覚えなければならないと必死になったからね。
人生というレースの中で、悩んだり、行き詰まったりしたとき、君が何歳で、どこにいるかはわからないけれど、そんなときは、父さんを思い返してくれないか。人間には、無限に近い可能性が秘められていると、父さんが言っていたのを覚えておいてくれ。
(次回につづく)
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