更新日:2013.1.9.
第十章 「悪魔を追い払う家」 其の九
■ 「わが家に潜む小さな悪魔 下」
高台にある新興住宅地の端にある、一見何の変哲もない住宅だが、私はわが家を「からくり屋敷」と呼んでいる。零細企業の社長の家だから「屋敷」などとはたいそうな言い方だが、家の内側にあるいろいろなからくりは、二人の子どもが成長し、私たち夫婦が老いても快適に住めるように作られている。
やがて、哲朗や龍二がこの家を出る日が来るかもしれない。あるいは、結婚して再びこの家で暮らすかもしれない。そうなってもいいように、この家はできている。
本来、家とはそういうものではないのだろうか。長い時間のうちに、家族構成や家族の健康状態は変わっていく。それに合わせて家も変わっていかなければ困る。買ったときはいい。まだ若く、元気だろうから。だが、三〇年、三五年という住宅ローンを組み、一生懸命働いた大半のお金を家に注ぎ込み、借金を返す。借金返済がもうじき終わるというころに、年老いた自分がいる。そして借金を返しおえ、所有権を得たとたんに体が動かなくなり、介護を必要とする身になる。そのとき、とても住みにくい家だったとしたら――。こんなブラック・ジョークが現実になっていいのだろうか。
「でもね……」
と由子はときに言う。
この家を建てるとき、内装はすべて由子にまかせてあった。彼女の希望どおりにしていいと。ところが、予算の問題が浮上した。由子のすべての希望を叶えようとすると、どうしても予算オーバーしてしまうのだ。さんざん見積もりを検討した挙げ句、キッチンだけは妥協してもらうことになった。
どうやら、そのことをまだ根に持っているらしい。ときどき、キッチンの使い勝手に話が及ぶと、由子は当初の自分のプランを蒸し返す。わが家のキッチンには、まだ「小さな悪魔」が棲んでいるようだ。
(次回につづく)
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