更新日:2010.11.24.
第四章 「難病を幸運にする」 其の三
■ 「ほんとに結婚するの?」
三年ほどもめていた土地問題が解決した二十九歳の夏、私はもう自分の足だけで歩くことに限界を感じ、ときどき杖に頼るようになっていた。それでも握力がないため、右手に包帯で杖を縛りつけておくという状態だった。そして、由子と歩くときは左側から肘を支えてもらった。
もはや歩くという状態ではなかった。一歩足を踏み出そうにも力が入らない。
歩くというよりバランスをとりながら体を前に押し出していくという感じだった。
ぴったりと寄り添って歩く私たちの姿は、遠くから見れば仲のよい恋人同士に見えたに違いない。
三〇歳になったばかりの春、私たちは結婚することにした。それにしても、二十七歳で結婚する約束を延ばし延ばしにしてきたせいか、由子の姉たちはまだ半信半疑でいたらしい。
「春山君、由子と結婚する言うてるけど、今度はほんとに結婚するの?」
挙式と新婚旅行を兼ねて香港に出かけようという前日に、義姉からこんな電話がかかってきたほどである。
「義姉さん、ほんまや言うてるやん」
「また冗談かと思ってたわ。で、春山君、あんたに一度聞こうと思っててんけど、いったい由子のどこがそんなにええの」
「そうやなぁ、ボーッとしてるとこかな」
「ハハハ……、それならぴったりや」
こんな調子だった。今でもそうだが、私は彼女のボーッとした性格に救われている。難病の宣告を受けてからもそう悲観的にならずに生きてこられたのは、彼女がいたからである。 何事にも強引で周囲と衝突ばかりしてきた私とは対照的に、由子は一度として言葉を荒らげたことはなく、泣きわめくような姿を私に見せたこともない。
(次回につづく)
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