更新日:2011.6.22.
第七章 「生命のサイコロ」 其の四
■ 「緊急入院 下」
翌二日、哲朗は投薬と睡眠で少し回復したかに見えた。毎年二日は、凧上げをすることになっている。 「哲朗、どないする。凧上げに行くけど、おまえも行くか。あったかくしておけば大丈夫や」
この年もみんなで淀川の川原へ行き、凧上げを楽しんだ。しかし、それも束の間、家に帰るなり、哲朗は「頭が痛い、割れそうや、お父さん」とまた泣きはじめた。
「ホンマに風邪やろか」
義母が首を捻った。もう一度診てもらったほうがいいということになり、由子は実家の近くの休日診療をしている救急病院に哲朗を車で連れていった。
間もなくして電話が鳴った。電話に出た義母は血相を変えて、私に言った。
「エライこっちゃ。緊急人院やて。由子は救急車で一緒に済生会中津病院に行くそうや」
私は義兄の車で後を追った。
病院の薄暗い待合室で、由子は目を真っ赤にして私を待っていた。
「いったい、どういうこっちゃ」
「先生が説明するって」
診察室には、若い医師がいた。
「……髄膜炎の可能性があります。今からルンパールで脊椎から髄液を採って検査しようと思っています」
医師は厳しい表情をして言った。私は、髄膜炎とルンパールという言葉を聞いて体が震えた。太い注射針を脊髄に突き刺し、中の髄液を採るのである。大人でさえ声をあげるほどの痛みだというのに、幼い哲朗がはたして耐えられるのだろうか。
痛いだけではない。かなりの危険もともなうと言われる。脊髄の中には神経の束がある。もし誤って神経を傷つければ、下半身麻痺などの重大な障害を起こすこともありうる。
(次回につづく)
|