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春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜

春山 満の僕の元気 〜春山 満 コラム集〜 



第七章其の八




更新日:2011.7.20.
第七章 「生命のサイコロ」 其の八


■ 「母は強し 下」

 哲朗は小児病棟のベッドに両方の手足を縛りつけられたまま、薬を点滴で送り込まれていた。縛っておかないと点滴の針を外してしまうからだという。
哲朗は私の顔を見るなり、叫んだ。

「家に帰りたいよう。お父さん、もうイヤや。家に連れて帰って」
「もうちょっとの辛抱や。今、テッちゃんの体の中に薬を入れて悪い菌をやっつけてるからな。テッちゃんが頑張ったら悪い菌はみんないなくなるよ。そしたらお家へ帰れる。だから、もうちょっと頑張ろうな」

 よくなるという保証はまったくなかった。哲朗の体の中では、病原菌と薬とが追いかけっこをしている。病原菌が脳に巣くってしまったら、命を落とすか、かりに命が助かっても重度の障害が残る。その前に薬が菌を制圧してくれるのを祈るほかはない。

「今は小康状態です。五日目くらいがヤマですから」
医師は、慎重に言葉を選びながら言った。ニ、三日過ぎると、哲朗は落着きを取り戻しはじめた。ほかの子どもだちとテレビを見たり、私が買っていったロボットで遊んだりしていた。その表情を見ると、回復に向かっているようにも感じられたが、体の中では猛烈な戦いが繰り広げられているのだ。

 面会時間が過ぎると、小児病棟のガラスの扉は閉じられ、鍵がかけられた。私と由子が帰ろうとすると、哲朗は病室から追いかけてきてガラス越しに私たちの姿を見つめていた。
ヤマ場と言われた五日目が過ぎ、再びルンパールによる髄液の採取が行なわれた。

「テッちゃん、今日、またあの注射するんやて。でも泣いたらあかんよ」
由子は、そう言って哲朗を励ました。こんなとき、母親というのは強い。哲朗のあの叫び声を聞いて、私にはもう一度、あの注射をするなどとは到底言えなかった。何とか嘘をついて言いくるめるくらいのものだ。だが、処置室の中から哲朗の叫び声は聞こえてこなかった。

「お父さん、テッちゃん泣かんかったで! 強いやろ!」
処置室から出てきた哲朗は、私にVサインをしてみせた。哲朗は合計三回のルンパールに耐えた。そして10日目、哲朗の体内に巣くっていた菌が完全に消えた。私と由子は、また泣いた。

 私は、自分の病魔を呪ったことはあるが、けっして不幸だと思ったことはない。
病気を不幸だと思うことがあるとしたら、それは子どもたちが病気に侵されることだ。

(次回につづく)





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