更新日:2011.10.26.
第九章 「苦難に克つということ」 其の四
■ 「夢の中 上」
由子の機嫌がよくない朝があった。いつになく声の調子がキツい。子どもに文句を言われ、由子が言い返している。
「そんなこと言うても、お母さんは忙しいんよ。あんたらもう大きいんやから自分のことくらい自分でして!」
哲朗と龍二は、母親の怒りなど眼中にないらしく「行ってきまーす」と元気に飛び出していった。
「どうしたんや、また龍二が何かしたんか」
二階に上がってきた由子に声をかけても、どうも今日は様子がおかしい。
遅い朝食を摂る間も、由子は黙って不機嫌そうにしている。
「ほんまに、どないしたんや?何かあったんか」
黙って箸を動かしている由子に、聞いた。
「何でもない」
サンデッキに出て、すっかり緑を濃くした田園を眺めていると、由子がコーヒーを運んでくるなり、こう言った。
「……あなた、浮気したやろ?」
「何言うてるんや、何でオレが浮気するんや」
「したよ、夕べ」
「夕べって……」
「夢ん中で……」
私は思わず大声で笑ってしまった。
「夢ん中で浮気したって―― それで機嫌悪いんか。そりゃオレの責任やないわなぁ」
車椅子に乗るようになってからも、由子が私の浮気を心配していることは知っているが、それも冗談半分に聞いていた。
「でもなぁ、そんな夢なら、オレも一緒に見たかったわ。で、相手は誰や?」
そう言ってから「しまった」と思った。
(次回につづく)
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