更新日:2011.11.2.
第九章 「苦難に克つということ」 其の五
■ 「夢の中 中」
結婚して一〇年ほど経ったころ、由子は笑いながらではあったが、こう言ったことがあったのだ。
「あなたの昔の彼女の夢を、私は二年間も見つづけていたことを知ってる?」
「何のこっちゃ?」
そう言いながらドキッとした。ヨーロッパから帰り、由子に再会したとき、私には結婚を約束した女性がいたからだ。それがいつしか由子に惹かれるようになり、その女性とは疎遠になって婚約を解消した。由子の夢の中には、結婚してから二年間もその女性が出てきたのだという。
私が由子に交際を申し込んだときも、由子は車の中でこう言ったものだ。
「つきあってもいいけど、今、つきあっている人と別れてきてくれる?一週間だけ時間をあげる。全部キレイに別れてきて」
私はあわてて夜の街に飛び出していった。あのころの私の女性関係は、由子にはすっかり筒抜けになっていたらしい。
「女房妬くほど亭主モテもせず、言うやろ」
由子の夢の中の出来事には、その一言でピリオドを打たせてもらったが、そんな夢を見る彼女の気持ちをいとおしいと思った。
日頃は私に寝返りを打たせるために、夜、五度も六度も起きなければならない彼女は、やがて短い時間でも熟睡できるようになっていた。だから、夢など見ないと思っていたのに、よりによって私の浮気の夢を見るのだから ――。
(次回につづく)
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