更新日:2012.8.15
第六章 ヨーロッパの光と影 其の八
U 寝たきり老人をつくらない
■ 寝たきりにさせないシステム 下
本来寝たきりというのは、関節が硬化して寝た状態でないと暮らせない人たちのことをいいます。そう考えると、本物の寝たきり老人は10%くらいになってしまうのです。もともとヨーロッパやアメリカには「寝たきり」という言葉はありません。むりやり作るとしたら、ベッドリドン(bedridden)という表現がそれにあたるでしょうか。ベッドにくくりつけられている状態。これを寝たきりと訳すのですが、やはり少し無理があります。なぜ欧米では、「寝たきり」という言葉や概念が存在しないのでしょうか。
ぼくは、そこには「ベッドの文化」と「畳の文化」の違いがあると思います。日本は畳の文化です。たとえばそこで体が悪くなる。健康な人でもそうですが、体が悪くなって熱がでると横になりたい。横になります。で、起きられなくなる。畳から起きるのは大変です。ヨイショッと力を入れて立ち上がらなければならない。起こしてあげるのはもっと大変です。だから寝かせきりにする。ベッドの場合だと、腰をかけて横にお尻をずらせば、車椅子の位置と一緒になります。だから構造的に寝たきりをつくりにくい。こうした文化の違い、ベッドと畳の文化の違いというものが、「寝たきり文化」の違いとなって現れているような気がします。
マナーコートでは、ただ呼吸だけしているような日本でいえば最重度の寝たきりのお年寄りも、昼間は全てリビングの大きなクッションに腰掛けさせます。日本では、せいぜい車椅子に乗せて、車椅子をざっと並べてひなたぼっこをさせる程度です。
そしてマナーコートのお年寄りたちは、必ずパジャマから洋服に着替えます。日本ではだいたい、ジャージというかスウェットというか、なんだかわけのわからないだらしない格好で一日を過ごします。でもマナーコートは必ず着替えます。そして靴を履きます。これもやっぱり「靴の文化」がその根底にあるのかもしれません。とにかくイギリスのお年寄りたちは、靴を履いて、髪の毛を整える。こういうことが徹底されているのです。
ぼくはここに、大きな価値観の違いを感じます。どちらが良い悪いのではない、価値観の違い。でも人間の尊厳についての考え方、介護への取り組み方という視点から見ると、欧米のほうが、より深く考えているという気がしてならないのです。
(次回につづく)
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