更新日:2013.9.18
第六章 ヨーロッパの光と影 其の二十一
X 匂いのあるナーシングホーム
■ アダーズ・ナーシングホーム 下
このナーシングホームの特徴のひとつは「自由にドアを開けられる」ということです。そのようにしないと、痴呆の患者は閉じ込められたと感じて、ドアを叩いたり暴力をふるったりとパニック状態になるからです。
建物には数々の面白い工夫が凝らされていました。たとえば、建物の出入り口はスタッフだけがわかるようにカモフラージュされ、痴呆患者には「壁」にしか見えないようになっています。患者自身で見つけられるドアは、すべて建物の中へ通じるもので、彼らはそのドアを押してウイングの中を巡回できるようになっているのです。
各ウイングごとにある庭は、典型的なオーストラリアの家庭の庭が演出されていました。野菜畑、犬小屋、物置、バーベキューセット、動かない車などが置かれ、わざと少し汚くして、雑草などが生えた感じの庭になっています。そしてハイウェイ沿いには形だけの「バス停」が作られてあり、どこかへ出かけたい人が、日がな一日そこに坐ってバスを待っていられる工夫もされていました。
各ウイングには決められた周回コースがつくられていますが、さきほどのドアのトリックを含めて、患者たちの目からはそれが周回コースとして意識されないようになっています。つまり行動を抑制せずに管理する工夫がなされているのです。天気のいい日は庭を徘徊して、天気が悪い日はウイングの廊下を歩きまわる。痴呆患者のための施設としてよく考え抜かれた、素晴らしい建物でした。
(次回につづく)
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