更新日:2013.5.15
第六章 ヨーロッパの光と影 其の十七
W ドイツとデンマークにみる老いの逆指名
■ ヘルプレスネス 上
デンマークにはプライエムと呼ばれる、日本の特別養護老人ホームにあたるものがあります。各カウンティ(州や郡)の人口に合わせて完璧に整備されているのですが、ぼくはそのプライエムを何度か訪ねて、ある不思議な光景に出会ってきました。デンマークでは、個人の選択で老いのサービスを選べます。在宅で暮らしたければ、たとえばコペンハーゲンのアパートでいつまでも暮らせます。介護サービスはすべて無料なので、その人の弱り状態によって、必要なだけ頼むことができます。
ところがデンマークの人は、在宅を捨てて施設に入る時期があります。それは伴侶を失ったときです。夫婦ふたりで支えあっているうちは在宅を選ぶ人が多いのですが、相方が亡くなると心の張りを失って施設を選ぶのです。在宅で独りで壁を見ていても仕方ないと思うらしい。そういう人たちにとって、プライエムは終の栖になります。
デンマークでは、このプライエムは常に満室状態でした。日本と同じです。ところがぼくが驚いたのは、これほど満室のプライエムを、これ以上増やす計画がないと聞いたときでした。なぜ増やす計画がないのかと訊くと、「これで十分うまくいっている」からという返事がかえってきました。
日本の特別養護老人ホームなどは、入居するまでに3年も5年も待つことがあります。デンマークでは6週間も待てば必ず空き部屋が出るというのです。プライエムは終の栖ですから、空き部屋が出るということは、6週間以内に必ず亡くなる人が出るということです。
それを聞いてちょっと驚いて、ぼくはデンマークのプライエムの平均入所日数というものを調べてみました。すると短い人でだいたい半年、長い人でも1年半を超えて暮らしている人はほとんどいないことが判明しました。つまりプライエムに入所すると、半年から1年半でみんな亡くなってしまうのです。
その背景には、やはり医療の切断がありました。
(次回につづく)
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