「今回のテーマは「書籍『若者よだまされるな』の誕生エピソード」。いやー懐かしい。2012年の私の初出版。春山 満と哲朗社長との共著だが、本当にうれしかったな・・・。もちろん春山 満の一番弟子であったのがきっかけだが、それだけでは本なんて書くことはできない。この本をすんなりと世に出版させていただけたのは、「継続」したことの奇跡と言える。
私はこの本が出るまでに100回以上の春山 満コラムを書いていた。もちろん書いているだけではなくページにアップする前に、部下がチェックしていた。ただ、さすがに毎週やっていると、フトしたときに「これ何でやっているのだろう・・・」そんな疑問が出てきた。もちろん、当初は「春山 満を世に伝えたい」という強い思いがあった・・・。ただ人間ってそんなに単純じゃない。継続していると必ず「慣れ」というものが出てくる。その時、開きなおれるか開きなおれないかが重要な分かれ道だ。春山 満もこのラジオで「死のうと思ったことがあった。その時、何を捨てて、何を開きなおったのか」と言っている。「開きなおりと継続」。この繰り返しで、私も100回以上のコラムを書いてきた。だからこそ、この本の共著に私がなれたと思っている。そして今も継続している。
もしかして開きなおって継続しても、無駄に終わるかもしれない。でも無駄なことなんて日々いくらでもしていないだろうか?日頃の小さなことは無駄と思わず、大きなことだと無駄だと決めつける。これはおかしい。無駄かもしれないけれど開き直って継続する。そこに活路があるのではないだろうか・・・。
僕が父と共著で出版したのは2010年に「脳から血〜でるほど考えろ!」、2012年に「若者よ、だまされるな!」の2冊である。共著で出版しようとなったのは、僕がアメブロをやっていたことがきっかけだった。アメブロでは父の考え方を息子としてどのように捉え、日々そのメッセージをどう活かしているかを綴っていた。その活動を1年ぐらい続けていた時、週刊住宅新聞社という出版社から声がかかり親子共著で「脳から血〜でるほど考えろ!」を出版することになった。このことがきっかけとなりもっと多くの人に父の考え方を広めたいと思い、関西ローカルのMBSラジオに「これだけ混沌としている日本で春山 満の考え方は生き抜く上でのヒントになる」とダメ元で持ちかけたところ、「おもしろいですね。是非、やりましょう」と答えが返ってきた。そうして、2011年にMBSラジオ「春山 満の若者よ、だまされるな!!」という番組が誕生した。
今までにありそうでなかった異色の15分番組は話題を呼び“日本民間放送連盟賞 近畿地区番組部門ラジオ教養 最優秀賞”を受賞した。その頃僕は、父がラジオから伝えた教えを自分の手元に置いておき、いつでも迷ったら振り返られるものがほしいと思っていた。そこで、「脳から血〜でるほど考えろ!」を出版した週刊住宅新聞社に提案を行った。更に面白い内容にする為に、一番弟子である宮内 修兄さんに声をかけた。そして僕の2冊目の出版「若者よ、だまされるな!」が誕生したのだ。
これらの一連の流れを考えた時にキーワードとなったのが、「春山 満の考え方をもっと広めたい」という熱い想いだ。それもなりふり構わずダメ元の提案ばかりだった。時には「親父のことでよくそんなに熱くなれるな」とか「ファザコンか!」とバカにされた事も少なくなかったが、想いというのは自分が本気であれば必ず伝わる。どれだけ説明しても相手が分かってくれないと嘆く人が多いが、それはまだまだ本気になれていないのだと僕は思う。9割の人に「そんな熱くなるなんてバカじゃないの!」と失笑されても理解してくれる1割の人に巡り合うことができれば一生の財産となるだろう。
株式会社あすき 代表取締役 会長 1973年3月8日 東京都生まれ。 |
株式会社ハンディネットワーク インターナショナル 春山 満の長男として1985年に生まれる。
高校を卒業後、ハワイの大学へ留学。その後アメリカ ネバダ州のUniversity of Nevada, Las Vegasへ編入。
2007年10月、春山 満からビジネスを学ぶため、株式会社ハンディネットワーク インターナショナルへ入社。
2012年7月、同社 取締役に就任。
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24歳より進行性筋ジストロフィーを発症。首から下の運動機能を全廃。1991年ハンディネットワーク インターナショナル設立。幅広いネットワークと体験を通した独自の視点と着眼で、オリジナル商品の開発や大手医療法人・企業等のコンサルティングなど幅広く活躍。2003年、米国ビジネスウィーク誌にて『アジアの星』25人に選出。 |