今回も先週に引き続き、ゲストは、おおさか往診クリニック理事長の田村学先生である。田村先生は現在も学生を研修されることが多く、その中で技術と知識だけではないという話をされた。まったくその通りだと思う。技術と知識を教えたら世の中なんでもできるのか?もちろんそんなことはない。
例えとして、スポーツ選手を例にとるとわかりやすい。技術、知識に加え、メンタルがとても重要になる。そして近年、優秀なメンタルトレーナーからメンタルを学ぶスポーツ選手がとても多くなった。100%の技術と知識をもって150%実践する。これがメンタルである。スポーツ選手はどれ一つ欠けても駄目なのである。
そして、これは私たちの生活でも同じである。そのためにメンタルは大切なのである。いまだに胡散臭い、変な宗教っぽいなどと思う方もいるらしいが・・・。もう古すぎる。海外の一流のビジネスマンには必ずメンタルトレーナーがついている。これが現実である。きちんとしたメンタルを学べば、人生のヒントがたくさんあるのである。私はその重要性に気付き、学び、メンタルトレーナーの資格を得たが、これはたった一冊の本からでも始められる。是非実践してみては如何かと思う。
もう番組の準レギュラーと言えるおおさか往診クリニックの田村先生がゲストだ。田村先生からは医学生へ伝えたいことをお聞きしたが、ちょっと方向を変えて若者に伝えたいことを今日は書きたいと思う。
僕は昨年30歳を迎え、世間一般でいうとまだまだ若者の一人かもしれない。僕にとっての20代はチャレンジと挫折の繰り返しだった。ハワイの短大を卒業し本土のラスベガスの大学へ編入したが、自分は何がやりたいのか、どうしたいのか、目標を失い恥ずかしい話だがカジノとバイトに明け暮れる日々を過ごした。そのモヤモヤが続く中、カジノで楽しむおじいちゃん、おばあちゃんの姿を見て僕の考え方が大きく変わった。日本の高齢期は清く暗く貧しいというイメージを持っていたので、自分の時間を自分のお金で最後まで楽しんでいる姿は衝撃だった。これが僕の一つ目のターニングポイントだったと思う。そこから父の高齢期の価値を変えるビジネスに興味を持ち、大学を中退し父に弟子入りした。
父の下で働く以上プレッシャーはかかる事は覚悟しての弟子入りだったが、そんな中でも人の目に負け、2年近く働いたとき突然覚悟の糸が切れて逃亡してしまった。ただ自分が決めた道から逃げたことに矛盾を感じ、更なる覚悟のもと、父の下に戻った。そして2年前、やっとビジネスのいろはが少し分かりここからというときに、父が亡くなった。
20代で学んだこと、それは真剣に愚直に生きていればどんな環境だって学べるということだ。周りがどうとか、環境が悪いとか、そんなことは言い訳でしかない。結局自分との闘いなのだ。だからこれから社会人になり歩んでいく20代前半の若者には誰よりも真剣に生きてほしいと思う。社会は矛盾していることや、ろくな大人がいないことを嘆くのではなく、どれだけ壁にぶつかっても立ち上がってほしい。そうやって歩めば一人、二人と真の理解者が出てくる。そして新たな環境が作られる。そうやって志をもって歩めば30代のスタートはどんな環境であっても清々しく感じ、また大きなチャレンジをしたくなる。こう考えると、いかに20代の経験が重要だったかを今にして思う。
株式会社あすき 代表取締役 会長 1973年3月8日 東京都生まれ。 |
株式会社ハンディネットワーク インターナショナル 春山 満の長男として1985年に生まれる。
高校を卒業後、ハワイの大学へ留学。その後アメリカ ネバダ州のUniversity of Nevada, Las Vegasへ編入。
2007年10月、春山 満からビジネスを学ぶため、株式会社ハンディネットワーク インターナショナルへ入社。
2012年7月、同社 取締役に就任。
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24歳より進行性筋ジストロフィーを発症。首から下の運動機能を全廃。1991年ハンディネットワーク インターナショナル設立。幅広いネットワークと体験を通した独自の視点と着眼で、オリジナル商品の開発や大手医療法人・企業等のコンサルティングなど幅広く活躍。2003年、米国ビジネスウィーク誌にて『アジアの星』25人に選出。 |